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知らない労働組合・ユニオンから団体交渉の申入れが送られてきたら?

※本記事に出てくる人物・団体は実在の人物・団体とは無関係です。弁護士の経験に基づいて考案したオリジナル事案です。

X社は、創業70年目を迎える製造業の会社。従業員は100名前後。
ここ30年は、大手自動車メーカーからの自動車部品製造の下請をメインに、質が高い部品を製造・提供して取引先の信頼を得ていた。
近年は自動車産業の変化が目まぐるしく、かつて主力であった部品甲の受注数が年々減少、危機感を覚えた三代目社長Wが営業して新規開拓、新たな主力部品乙が生まれるに至った。
X社内では、受注数が減った部品甲の製造を中止し、部品乙の受注数を増やすべく、体制の変更が進められていた。
入社10年目の従業員Yは、入社してからずっと部品甲の製造に関わり、技術を磨いてきた人物。
部品甲の製造中止に伴い、Yには部品乙の製造ラインに入ってほしいと、WがYに告げたところ、「こんな部品を作るために自分は入社したんじゃない」と猛反発。 次第にYは出勤せず、工場に顔を見せなくなってしまった。

「大変だ!さっき出勤したら、机の上にこんな封筒が置かれていました!」

慌てるW社長。
どうやら、朝、会社に出勤して、社長デスクに積まれた郵便物を見て、驚いてしまったらしい。

「送り主の名前を見たら、『Zユニオン』って書いてあって、これは労働組合ですよね…会社に大勢で押しかけてきて、罵声を浴びせられるんじゃ…」

W社長、まずは深呼吸をして落ち着いてください。
その可能性がないとは言いませんが、いきなりそんな展開にはなりませんよ。
腰を据えて、ちゃんと対応していきましょう。

「落ち着いてと言われても、こんな経験は初めてで…どうしたらいいのか分かりません。」

では、知らない労働組合・ユニオンから郵便物が届いたら何に気を付けるべきかをご説明しますので、今後どうするか、考えていきましょう。

本記事は、労働組合・ユニオンからの団体交渉申入れがあった場合のポイントを、なるべく分かりやすくお伝えする内容になっています。

目次

労働組合は社内に限られるのか

「労働組合って、大企業みたいにたくさん従業員がいる会社で、そのうちの何人かが結成するものですよね?うちみたいな規模の会社で、労働組合に加入することなんてあるんですか。」

従業員の1人が既存の労働組合に加入するケースは決して珍しくないんですよ。
労働組合と聞くと、大企業の社内組合や、同じ業界内の従業員が集まった労働組合をイメージされる方が多いですが、理論上、そう決まってはいません。
労働者が結成した団体であれば労働組合と言い得るのです

「それってどうなんですかね?だって、この封筒を送ってきたZユニオンって、うちの会社のことを何も知らないわけでしょう。それで何ができるというんですか。」

そういう考えもありますよね。
過去には、外部の労働組合が有効なのかが議論されたこともあるようですけど、(私が知る限りは)裁判所等に賛同されたことはありませんので、ご納得いただいた方がよいでしょう。
従業員が会社にものを申す機会を保障しようというのが、法律の考え方なんでしょうね。

「法律って、経営者に厳しいですよね。」

誰が加入したか聞いてもいいのか

W社長、とにかく、中を見てみましょう。
送られてきた封筒を開くと、1枚目は「組合加入通知兼団体交渉申入書」という題名の書面だった。
その冒頭には、こう書かれていた。

「この度、Yが当組合に加入した。先日、Yに告げられた、部品乙の製造ラインへの配置転換は無効なので、団体交渉を申し入れる。」
「また、貴社の従業員(匿名)が、上長からパワーハラスメントを受け、適応障害と診断された。職場でのハラスメントの再発防止策についても、団体交渉を申し入れる。」

「誰がユニオンに加入したのかと思ったら、やはりYでしたか…しばらく出勤しなかったので、会社が嫌になって退職するのかと思っていました。」

「言いたいことがあれば直接私に言えばいいのに、外部の労働組合を頼るなんて…信頼関係があると思っていたのでショックです。」

W社長、残念ですが、経営者と従業員って、感覚が違うんですよ。
従業員は、心理的に経営者に対して本音を言えないという方が多いので、自分の代わりに、又は自分と一体になって、物申してくれる団体を頼りたくなるんです。

「悲しいですけど、Yがそう望んでいることは仕方がないですね。」

「しかし、ハラスメントを受けた匿名の従業員って、誰なんでしょう?従業員全員の顔と名前は把握していますが、ハラスメントの告発も、適応障害で休んでいる従業員も、全く記憶にないですよ。」

W社長の耳に届いていないだけで、職場では起こっているのかもしれませんね。
又は、その従業員が大げさに言っているだけで、ハラスメントには該当しないのかもしれません。

「いずれにしても、その従業員の名前を明らかにしてくれないと、こちらは対応のしようがありませんよ。この従業員が誰であるのか、ユニオンに確認してもいいんですよね?」

その気持ちは分かりまして、そう思われる経営者の方は非常に多いです。
ですが、労働組合に加入した従業員には、その氏名を会社に明かす(公然化する)かどうか、自由があるんです。
ハラスメント事案だと、公然化すると社内調査が入って、上長に告発したことが知られてしまい、よりハラスメントが悪化する危険もありますからね。
ですので、この従業員を特定するようユニオンに求めることは、問題があります

「それは納得しがたいですね。誰の件か明らかにしてくれないと、具体的な話ができないじゃないですか。」

仰る通りでして、組合員の公然化がされない場合、労使交渉の具体性には限界があります。
それはZユニオンも承知の上で申し入れていますから、議論が抽象的になっても構わないと言えます。

労働組合からの団体交渉申入れは断れるのか

「何のためにユニオンが団体交渉を申し入れてきたのか、私には理解できませんね。」

「しかも、要求事項がYの配置転換が無効だなんて、とんでもない。部品甲の製造は中止するんですから、Yの所属がなくなってしまうんですよ。配置転換が撤回できるはずありません。交渉しても意味がないですから、お断りの手紙を送って、それだけで済ませてもいいですよね。」

団体交渉をしても結論が変わらず、わざわざ一同が集まって交渉をしても、お互いにとって時間の無駄であるというお考えですよね。
ここで、労働組合法という法律をご紹介します。同法7条2号には、使用者(会社)がしてはならないこととして、次のように規定されています。

使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。

負担にはなるのですが、団体交渉を断ることはできないのです。

「この法律って、正当な理由があれば団体交渉を拒否できるってことじゃないのですか?妥結の見込みがないことって、立派な正当理由だとおもうんですが。」

もちろん、団体交渉を尽くしても妥結の見込みがなければ、正当理由ありとしてその後の団体交渉を拒むこともできますが、まだ1回も団体交渉をしていませんから、団体交渉を尽くしたとはいえないわけです。

団体交渉は出席だけすればいいのか

「あれもダメ、これもダメ、日本の法律は経営者に厳しすぎますよ。」

「仕方がない。それじゃあ、日時を調整して、団体交渉は開催して、後はとにかくNOだけを言い続けることにします。私が出席する意味はないし、他に優先すべきことがあるので、代わりにT(役職なし)を出席させます。彼なら体も大きくて精神もタフなので、じっと堪えてくれるはずです。」

W社長、Zユニオンのことは別として、経営をしている以上、取引相手との交渉ってあるじゃないですか。
品質、寸法、数量、納期、代金など、交渉での調整事項ってたくさんあると思います。
取引先を訪問して、自社の希望を伝えようとしたら、冒頭から取引先が「条件を変える気はありません。弊社の提示を受け入れてください!」って言ってきたら、どう思いますか?

「それは交渉ではなくて、強要なのでは…?と思ってしまいますね。」

「こちらも忙しい時間を割いて交渉に来ているので、最初から考えを変える気がないと言われると、何のための時間なのかと悲しい気持ちになりそうです。」

そうですよね。
「交渉」というのは、お互いの考えや希望を述べて、条件が折り合うか、折り合うとしてどんな条件になるのかを、お互いに探り合うものです。
結果として妥結しないことはありますし、結果として一方が提示した条件を変えずに妥結することもあります。
これは全て結論の話で、そこに至るまでのプロセスがあるわけです。

「もしかして、団体交渉はあくまでも交渉事だから、プロセスが求められると言いたいのですか。」

「そう言われても、ユニオンとの交渉が取引先との交渉と同じだなんて考えられませんよ。取引先との交渉は、事業を動かすために欠かせませんけど、別にユニオンとの交渉がどうであれ、事業に影響ありませんから。」

優先順位が高いかという問題はあるにせよ、従業員に関することですから、事業に影響がないとは言い切れませんよ。
理屈上は、先ほどご紹介した労働組合法第7条2号は、形式的に団体交渉を拒むことだけではなく、実質的に団体交渉を拒むことも含んでいます
これを法律上は、雇主側が「誠実交渉義務」を負っていると言います。
団体交渉に出席しても何ら回答しないとか、「持ち帰る」とだけ回答しておくとか、そういうことが許されていないのです。

妥結しないといけないのか

「団体交渉には出席しないといけない、ちゃんと中身のある交渉もしなくてはいけない、会社にばかり義務が負わされている気がして、残念な気持ちですよ。」

「先生の説明を聞いていると、ユニオンとの交渉は合意するよう強制されているとしか思えません。それが対等な交渉と言えるのですかね。」

そこはご安心ください。
雇主側に求められているのは、あくまでも、団体交渉に応じて、誠実に交渉をすることまでです。
交渉の結果、考えを変えたり、譲歩したりすることまでは求められていません

「それはよかった…それが分かっただけでも、今日の話にはすごく価値がありますよ。」

「先ほどの説明ですと、『こちらは考えを変える気はない』という態度で交渉に臨んではいけないってことですよね?それって裏を返せば、『考えを変える気がある』という態度でいなくてはいけない、という意味かと思っていました。」

とても分かりにくいので、無理もないと思いますよ。
端的に整理をすると、しっかりとした「交渉」をする義務はあるのですが、最終的に「妥結」「合意」をする義務はないんです。
ですから、妥結や合意のために、考えを変えたり、譲歩をしたりする必要はない、ということになります。

「シンプルに説明してくれると、すごく分かるのですが…実際に団体交渉を始めたら、何が義務で、何が義務じゃないのか、区別できなくなりそうです。」

誠実交渉義務の標準的な解釈を述べたとされる、カール・ツァイス事件(東京地方裁判所平成元年9月22日判決)の判旨の一部をご紹介します。

労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどし、また、結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても、その論拠を示して反論するなどの努力をすべき義務がある
合意を求める労働組合の努力に対しては、右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があるもの

この判旨からも分かるように、誠実交渉義務というのは、合意達成の可能性を模索する義務であると言えます。

ちなみに、同判決は次のようにも述べています。

なるほど、使用者の団交応諾義務は、労働組合の要求に対し、これに応じたり譲歩したりする義務まで含むものではない

労働組合・ユニオンは、団体交渉の中で、「譲歩しなければ誠実交渉義務違反だ」と声高に主張してくることが多いですが、これは明らかな誤りです。
合意を勝ち取るのが団体の使命ですから、このような圧力をかけてくるのです。

「労働組合の要求や主張に回答する‥‥自分の主張や反論に根拠を示す…必要な資料を提示する…確かに、一般的な交渉事とやっていることは変わらないですね。」

理解が深まってくると、気持ちも落ち着いてきませんか?
貴社がすべきことは、恐れることではなく、自分の主張やその根拠(資料も添えて)を説明できるようにすることですよ。

まとめ
①外部の労働組合・ユニオンにも団体交渉権がある。
②公然化されていない従業員の情報は聞き出せない。
③団体交渉は基本的に拒めない。中身のある交渉をしなくてはならない。
④妥結する義務はない。

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