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歯科医院への悪い口コミ削除が認められた事例

医療機関に対する悪い口コミは、その投稿の容易さもあいまってかなりの数になっており、各医療従事者から悲鳴が聞こえてきています。
以前、「病院・クリニックへの口コミ削除のハードル」という記事において、悲しいことに、医療機関に対する口コミを削除することが難しい流れになったことをご紹介しました。

今年、その流れを変えるかもしれない、画期的な判決が出ましたので、ご紹介します。
なお、本記事作成時点では、第一審の東京地方裁判所の判決文が入手できておらず、事案の詳細が把握できていないことはご了承ください。
また、実際の判決においては、大きく分けて二つの口コミの削除が認められるかが判断されていますが、読みやすさのため、一つの口コミについてのみご紹介します。

目次

事案の概要

Xは、歯科医院を運営する院長。
オンライン地図サービスであるGoogleマップにおいて、Xが運営する歯科医院への口コミとして、以下のような投稿がなされた。

「レントゲンも撮らずに、銀歯の下を見てみるしかないと言われ…銀歯を取られそうになりました。…」

「十分な説明、検査なしに、銀歯を取り歯を削ろうとする歯医者に驚きました」

「その後違う歯医者で診ていただき、レントゲン撮影後、銀歯は取る必要ないとの判断でした。」

Xは、この口コミ投稿が、Xの名誉権を侵害しているとして、Googleマップを運営するY法人に対して、削除を請求した。

しかし、第一審である東京地方裁判所は、Xの請求を認めなかったので、Xはこれに不服があるとして控訴した。

裁判所の判断

争点① 名誉棄損を認めるためには、社会的評価の低下があれば足りるのか、それとも社会的評価の程度が受任限度を超えるものであることを要するのか

争点② 本件口コミによってXの社会的評価は低下しているか(投稿者の主観に過ぎないか、他に好意的な投稿も多数ある場合にどう考えるか)

争点③ 本件口コミに違法性阻却事由(公共利害関係性、公益目的、真実性)がないといえるか

争点①について

・口コミサイトは、アカウントがあれば誰でも直接、匿名や仮名で投稿することができ、投稿すれば直ちに公表される。容易に他者の名誉や信用を毀損することができる。


・口コミサイトの閲覧者は、多数の口コミを全体的に検討し、その施設の一般的な傾向を把握した上で、その施設を利用するかどうか判断している。


・名誉を毀損する投稿がなされた場合に、現実的には、その削除を実現することは容易ではなく、しばらくの間口コミは閲覧可能な状態である。

⇒社会的評価の低下が認められ、かつ、違法性阻却事由が認められない場合は、削除を認めるべき。

・Y法人は、口コミサイトの特性、口コミの対象が医療機関であることから、社会的評価の程度が受任限度を超えるものであることを要すると主張しているが、それらの事情は社会的評価の低下の有無やその程度等の判断の中で考慮すれば足りる

争点②について

・本件口コミは、一般人が読めば、Xのことを「レントゲン検査を行えば、銀歯を取る必要があるかどうかについて判断できたにも関わらず、これを行わずに銀歯を取ろうとするなど、不適切な診療を行う歯科医師」との印象を受けるもの(*筆者による要約)
⇒Xの社会的評価を低下させる

・Y法人は、本件口コミは投稿者の主観的な評価に過ぎないし、信用するに足りる具体的な事実の記載がないと主張しているが、本件口コミは、投稿者が体験した診療の経過と読むことができる。

・また、Y法人は、口コミは他にも多数あり、好意的な評価も多数あることを指摘しているが、一般的な閲覧者は、必ずしも一つ一つの口コミを熟読するものではなく短時間で全体的に目を通すものであるから、他に好意的な口コミがあったとしても、社会的評価は低下するといえる

争点③について

・本件口コミは歯科医師による治療行為に関するものであるから、公共利害関係性、公益目的は認められる。


・Xの治療前の手順として、通常、治療前にはレントゲン撮影を行うことが含まれているから、レントゲン撮影をしなかったという本件口コミの内容は、真実であるとは認められない。
⇒違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情がない。
したがって、本件口コミの削除を認めることができる。

解説

争点①について

この判決を読んで真っ先に感じたのは、Y法人側の主張・反論が、以前紹介した大阪地方裁判所堺支部・令和3年11月1日決定を意識しているということです。

同決定では、高度に専門的かつ独占的な知見に基づいて事業を行っている機関(本件のような歯科医師も含まれると解されます。)は、一定程度の社会的評価の低下については受忍すべきと判断されていました。

この判断に対しては、「なぜ、専門家であるがために、他の者よりも社会的評価の低下を受け入れなくてはならないのか」という批判の声が多かったところです。
個人的には、高度に専門的かつ独占的な知見に基づいて事業を行っている機関であればあるほど、利用者にその意図が上手く伝わらず、誤解されて悪い口コミを書かれてしまうことが多いのに、それを受け入れなくてはならないというのは不合理だと感じていました。

本判決では、要旨、医療機関だからといって特別扱いはしない、と判断してくれているのであって、極めて適切な判断をしてくれたと感じました。

争点②について

発信者情報開示請求、投稿記事削除請求においては、社会的評価の低下の有無に関して、口コミ投稿の内容が「投稿者の主観的な意見に過ぎないか」「閲覧者が信用するに足りるほどの具体性があるか」といった点が争われることが多いです。

通常、名誉毀損があったといえるためには、事実を摘示する必要があるからです。
また、口コミ投稿を閲覧した一般人が「これ嘘じゃないか」と疑うような口コミは、それを信用する人がほとんどいないので、社会的評価が低下したとは言い難いからです。

正直なところ、この点は担当の裁判官の価値観などによる部分が大きく、一般化はしにくいのですが、本判決で注目すべき点は、「他にも好意的な口コミがある」というY法人の主張を採用しなかったことです。

前述の、大阪地方裁判所堺支部・令和3年11月1日決定では、口コミには様々なものがあり、批判的な口コミがあれば好意的な口コミもあるのであって、全体的に見ればさほど社会的評価は低下しない、というような判断がされていました(Y法人の主張は、この決定を意識したものと思われます。)。

ですが、普通の人は、全ての口コミをじっくり読んで吟味しているわけではないですよね(少なくとも、私は斜め読みしかしません。)。
目立った口コミがあればそこに意識が集中してしまうこともありますので、好意的な口コミが他にあれば大丈夫、ということにはならないでしょう。

争点③について

法的には、削除が認められるためには、公共利害関係性、公益目的、真実性という違法性阻却事由が存在しないことが必要になります。
このうち、現実の裁判においては「真実性」の有無が勝敗を分けることが大半です。

そして、この真実性がないこと、反真実(真実ではないこと)の立証・疎明が、現実の裁判では簡単ではないのです。
医療機関においては、まず、投稿された口コミが「実際に通院した患者に関するものではない」ということがあり得ます。
この場合、口コミで日にちが特定されていれば、その日のカルテを全て出すということが考えられますが、日にちが特定できることは多くありません。
通院したかどうかの点よりも、「口コミにあるような診療をしていない」ということの立証・疎明をすることが多いと考えられます。
本件のように、日々どのような診療をしているのかを記載した詳細な陳述書(及び証言)を提出する方法や、ガイドラインを提出する方法などが考えられます。

以前、別の地方裁判所が「医療機関はある程度の悪いコミを受け入れるべき」と判断したが、それを否定するような高等裁判所の判断がなされた。まだ今後の裁判所の傾向は分からないが、本判決に準拠して、適切な判断が出ることを願う。

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