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亡くなった人の世話をしても相続で考慮されないのか?

※ここでご紹介する事例は架空のものであり、実在の人物・団体とは無関係です。

目次

ご相談の概要

お亡くなりになったAさんには、二人の子どもXとYがいました。
Xさんは実家の近くに自宅を購入し、自分の家族と暮らしていました。
Yさんは海外留学し、そのまま海外で結婚し、家庭を築いて生活していました。
Aさんが独居になり、体力が弱ってからは、近くに住むXさんが面倒を見ていました。

「ちょっと先生、聞いてくださいよ!」

だいぶお怒りのご様子のXさんが相談に来られました。
怒り理由を尋ねてみます。

「この間、とある法律事務所へ、Aの相続の件で相談にいったんですけど、担当の弁護士がひどいことを言うんです。」

相続の件ということですが、どういったご相談をされたのですか?

「Aの遺産の分け方について、Yと話をしたら『法律上、XY二人の権利は同じだから、均等に分け合おう』って言われたんです。」

「Yは海外にいて親の面倒も見ていないのに、私と同じなんて納得いきません。それで、担当の弁護士に、自分が今までAの世話をしてきた苦労を詳しく伝えました。」

「それなのに、『残念ながら、法律的にはお二人の権利は同じです』って言われて…弁護士って人の心がないんですか?」

状況が見えてきましたよ。弁護士としては、説明していてとても心苦しい事柄ですね。

Xさんがご主張されたいのは、法律上は「寄与分」という概念でして、今回は寄与分をテーマにお話をしましょう。

※本記事は、法律の専門家ではない方に、イメージを持っていただくことが趣旨です。専門家の方々は、「厳密には違う」という感想を持たれるかと思いますが、どうぞ趣旨をご理解ください。

寄与分の解説

「その『キヨブン』ってネットで見たことありますよ。まさに自分のための制度で、自分には認められると思っているんですが。」

寄与分という制度、一般の方の認識と法律家の認識とで、大きくズレがあります

そのことを説明するために、まずは民法の条文を読んでみましょう。

民法904条の2第1項(抜粋)

共同相続人中に、
「被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により」
「被相続人の財産の維持又は増加について」
「特別の寄与をした者があるとき」

「使われている単語が難しくて、読んでも分かるような分からないような…」

「療養看護って、要は介助が必要な人の世話をするって意味ですよね?それなら私にも当てはまるんじゃないですか。」

それが当てはまるかは別として、実は、一般の方にとって難しいのは、そこから先なんです。

ここで注目していただきたいのは、「被相続人の財産の維持又は増加について」という部分です。

Xさん、Aさんのお世話というのは、具体的に何をしたのですか?

「例えば、一人では病院に行けないから、車に乗せて連れて行ったし、処方された薬をちゃんと飲めるようにリビングにメモを置いてあげました。一人では寂しいみたいで、月に数回は会いに行ったり、電話で話し相手になりました。施設に入ってからは、病院や施設の手続きをしてあげたり、お土産を持って面会に行ったり、一緒に外を散歩してあげたりしました。」

「こういうことって、すごく時間が取られるんですよ。しかも、私には私の家庭があって他にもやることは山積みだし、仕事があって疲れている中でやらなくてはいけないんです。それなのに、Aは『世話をしてくれるお礼』と言って毎月5万円しか渡してくれないんです。全く割に合いませんよ、この苦労が分かりますか?」

とてもご苦労されたことは理解しました。

それほど大変な想いをされたのに、権利は平等だと言われると、報われない気持ちになっているのだと感じました。

「そう、それです。報われないって気持ちが強いんです。何も、たくさん財産が欲しくて言っているわけではないんです。」

そのお気持ちも大変分かります。 今までの苦労を思い出して気持ちが溢れてるのだと思いますが、ほんの少しだけ気持ちを落ち着けて、もう一度、条文に目を通していただけますか。

「被相続人の財産の維持又は増加について」

「この文字だけを読んでも、全くピンとこないんですが…」

イメージしやすいような例を挙げましょう。

Aさんは、最期は施設に入られていたとお聞きましたが、介護サービスを受けるのにお金がかかりましたよね?

「それはもう、すごい金額が取られましたよ。保険では足りなくて、Aの貯金を切り崩しながら何とかやりくりしていました。」

そうですよね。

では、仮に、親族の誰かがほとんど付きっ切りで、Aさんの介護をしていたら、介護サービス費用はかかりませんよね?

「おむつ代とか、消耗品はかかるでしょうけど、プロにお願いするための費用はかかりませんね。」

その場合、プロにはお願いをしていないわけで、「頼んでいたらかかっていたと思われる費用」の分だけ、支出が浮いたと言えます。

この、介護によって支出が免れた、そのためにAさんの財産が維持できた(介護サービスを使っていた場合よりも多くの財産が遺された)ということが、「被相続人の財産の維持又は増加」に当たると考えると、分かりやすいでしょう。

「何となく言いたいことが分かってきました。親族が何をしてきたかに注目しているのではなくて、それがお金に関することなのか、に注目しているんですね。」

「…法律って、何だか冷たいですね。お金のことしか考えてくれないなんて。」

民法の相続の捉え方はいろんな視点がありますが、主眼は、「故人が遺した財産を誰にどのように継がせるか」にあるんだと思います。

誰のものか決まらないままだと、いろんな物事が不安定になりますし、経済活動に影響が出ますからね(例えば、誰のものか決まっていない不動産を買おうとは、普通は思わないでしょう。)。

理由はさておき、民法は相続というものを、財産的な問題で捉えていますので、寄与分という概念も「財産的にどのような意味がある行為なのか」という視点で作られています。

「別に、生前のAを世話している間、それが財産的な意味があるかなんて考えやしないですから、亡くなった後にそう言われても困ります…」

普通はそんなことを考えながら介護をしませんから、当然だと思います。

ちなみに、世話をしていた相手から謝礼としてお金をもらっていた場合、マイナスの事情となることもあります。
お金を出すという行為は、故人の財産を減らす事情ですから。

「毎月、Aから5万円の謝礼を受け取っていたことですね。あんなお金じゃ到底報われないんですけどね…」

寄与分といえるためには、その行為が財産的な影響を与えたことが求められている、と考えた方がいいと思われます。

「特別の寄与」とは何か?

「そういう視点で考えてみると、私のお世話によって浮いたお金はあるのではないですか。例えば、Aを車で病院に連れて行きましたが、Aは自力で移動できないわけで、タクシーを使ったら運賃がすごくかかるじゃないですか。その運賃分は支出が免れていて、財産を維持できたと言えませんか?」

「それだけじゃない、お世話の際や施設に面会に行った時、Aの長い話に付き合ってたんですよ。カウンセラーとかプロに頼んだらお金がかかるわけで、その費用の支出が免れたともいえるんじゃないでしょうか。」

では、続いて、一般の方にとって理解がしにくい「特別の寄与」についてお話していきましょう。

Xさん、Aさんのことではなくて、他の家族のこととして想像してみてください。

親が自力では移動できなくて、でも具合が悪くて病院に行きたいと子どもに電話したら、頼みを聞いた子どもが「タクシー代わりなんだから、運賃を払え」と言ったとします。この子どもについてどう思いますか?

「個人的な意見ですけど、親不孝な子どもだなって悲しくなります。親が困って助けを求めているのに、お金を要求するだなんて。」

少なくとも、日本人はそう感じる方が多いと思われます。

今の例とは違う話ですが、扶養義務が民法第877条に定められていまして、基本的に直系血族(親子など)や兄弟姉妹は、経済的に困っている場合に、お互いに助け合う義務が定められています。

「世代によっても違うんでしょうけど、家族は助け合うものって教わってきましたから、当たり前の感覚です。」

民法的な考え方では、相続とは無関係に、一定の親族は「お互いに助け合う」関係にあるとされているんですよ。

先ほど紹介した民法上の扶養義務は、経済的な援助についての規定ですが、親族間にはお互いに助け合うという考え方が根底にあるといえるでしょう。

この考え方からすると、相続においても、「一定の親族関係があれば、ある程度の助けは当然に想定されている」ということになります。

「私がしてきた、通院の手伝いとか、話し相手になるって、家族なら当然と言われればそんな気がしてきました。寄与分として認めてもらうには、その当然といえる範囲では足りないということですか?」

そういうことです。

もともと、親族間の助け合いは無償でされるもの、というのが民法の想定ですから、その行為が相続の話になった瞬間に対価(相続でもらえる財産の増加)が生じる、ということにはならないんでしょうね。

なので、民法では「特別の」寄与、当然といえる範囲を超えた行為を必要としているんですよ。

何をもって特別なのかは説明が難しいですが、裁判官が寄与分の判断する場合、「通常期待される程度」という表現がよく使われていまして、一般的に行われていることでは足りないことも多いと思われます。

特別の寄与と認めてもらうには、親族として通常期待される程度を超えた行為、といえるレベルまで必要になります。

最後に

「うーん、説明の内容は分かりますけど、損する人が生まれて、不平等な結果になりますよね…」

残念ながら、相続人間の平等を保てているかは疑問だと思います。

「今回の話を聞くまで、弁護士って血も涙もないのかと思ってましたけど、法律がそうなっているんじゃ仕方がない部分もあるという風に聞こえました。」

「それじゃあ、私のこのやり場のない気持ちはどうすればいいんですか?損したような気持ちで、やるせないですよ。」

今まで説明してきたのは、法律的にどうなるか、という話です。
言ってみれば、最終的に裁判官が遺産の分け方を判断する時に、どうなりそうかという話ですね。
遺産分割は、相続人同士で同意が得られるならば、それなりに柔軟な解決もありうる制度です。
最終的に認められるかは別として、Yさんに主張してみたらいかがですか。

「Yが今まで何もせずにのほほんと暮らしてきたこと、親の世話という大変なものを私が一手に担ってきたことは、Yにも分かってもらいたいですね。」

財産の取得を増やせるかどうかは別としても、Xさんのこれまでの苦労や辛さをYさんに分かってもらう良いチャンスじゃないですか。

「反対に、認めてもらえない主張をするのも心労がたまりそうで…よく考えてみます。」

寄与分を認めてもらうには、亡くなった方に尽くしたことだけではなく、いくつかの高いハードルを乗り越える必要があります。

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