MENU

亡くなった人の遺族からの個人情報開示請求は応じなければならないのか

亡くなった患者の遺族から、ある日突然、「カルテを開示してほしい」と請求される…近時では決して珍しいことではありません。

「まさか、医療ミスで訴えようとしているのか?」と不安になることもありますよね。
特に、その患者を担当した医師にとっては、冷や汗が出るような事態でしょう。

今回ご紹介するのは、亡くなった方の相続人が、金融機関に対して、亡くなった方の情報の開示を請求した最高裁判所平成31年3月18日決定です。

この事案は金融機関の出来事ですが、個人情報を取り扱っている「個人情報取扱事業者」という意味では医療機関も同じでして、病院・クリニックにも理屈は当てはまりますので、参考にしていただければと思います(また、行政機関にも妥当する理屈と思われます)。

目次

事案の概要

平成15年8月29日、亡Aは、Y銀行に普通預金口座を開設した。

その際、亡Aは、Y銀行に対し、印鑑届書を提出した。

印鑑届書には、亡A・Y銀行の銀行取引において使用する銀行印の印影があり、亡Aの住所、氏名、生年月日等の記載がある。

平成16年1月28日、亡Aは死亡した。

その相続人は,いずれも亡Aの子であるXほか3名であった。

亡Aには遺言書が存在し、Y銀行の普通預金のうち1億円をXに相続させるなどの内容であった。

Xは、Y銀行に対し、個人情報保護法に基づいて印鑑届書の写しの交付を求めた。 Y銀行は、印鑑届出書は「Aの」個人情報ではあるが、「Xの」個人情報に当たらないとして、開示を拒否した。

裁判所の判断

亡くなった人(被相続人)の遺族(相続人)は、亡くなった人の個人情報である印鑑届出書の開示を求めることができるか

個人情報保護法の目的
個人情報の適正な取扱いに関し,個人情報取扱事業者の遵守すべき義務等を定めること等により,個人情報の有用性に配慮しつつ,個人の権利利益を保護すること

保有個人データの開示,訂正及び利用停止等を個人情報取扱事業者に対して請求することができる旨を定めている趣旨
個人情報取扱事業者による個人情報の適正な取扱いを確保し、上記目的を達成しようとしたもの

「個人に関する情報」に当たるか否かは,当該情報の内容と当該個人との関係を個別に検討して判断すべきものである。

相続財産についての情報が被相続人に関するものとしてその生前に個人情報保護法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるものであったとしても、そのことから直ちに、当該情報が当該相続財産を取得した相続人等に関するものとして上記「個人に関する情報」に当たるということはできない。

印鑑届書にある銀行印の印影、その余の記載は、亡Aが上告人との銀行取引において使用するものとして届け出られたものであって、YとXとの銀行取引において使用されることとなるものではない。 その他、印鑑届書の情報の内容がXに関するものであるというべき事情はうかがわれないから、Xの「個人に関する情報」に当たるということはできない。

解説

個人情報保護法第2条1項では、個人情報は「生存する個人に関する情報」と定義付けされていますので、文言だけを見れば、亡くなった方の個人情報は対象外となっています。
そうは言っても、存命中は個人情報として法的な保護を受けていた情報が、亡くなった途端に何らの法的保護を受けない、という結論は極端ですし、妥当とは言えません。

他方で、亡くなった方(被相続人)と相続人とは、様々な権利を引き継いでいるとはいえ、別の人間ですから、保護しなければならない対象やその理由は違ってきます。
そのため、“被相続人=相続人”として扱うことは、保護される対象が広すぎることになりますし、個人情報を保護しなければならないという法の趣旨とは離れてしまう側面があります。

このような問題意識に対して、最高裁判所は、開示などの請求を受けた個人情報の内容と、請求者との関係を個別に検討しなくてはならないと判断しています。

主として被相続人の個人情報であっても、その中に相続人の個人識別情報が含まれていれば、少なくともその部分は、“相続人=生存している個人”の個人情報に該当します。
例えば、被相続人についてのカルテ等の中に、キーパーソンとして相続人の氏名が記載されていたり、同意書欄に相続人の署名があったりすれば、それ自体は相続人自身の個人情報といえるでしょう。

また、相続人は被相続人の全てを把握していたとは限りませんので、引き継いだ権利内容を把握し、適切に行使するためには、被相続人の個人情報が必要といえますので、これも相続人の個人情報として扱ってよいと考えられます。
例えば、医療過誤について責任を問うためにはカルテ等の医療記録が必要不可欠ですし、労災で雇用主に損害賠償請求をするためには労災認定の資料が有用ですから、これらの場合は、相続人の個人情報として扱ってよいでしょう。

ところで、医療機関におけるカルテ等の開示に関しては、日本医師会がまとめた「診療情報の提供に関する指針(第2版)」を参考にしていることが多いかと思われます。
この指針の5-1では、「遺族に対する診療情報の提供」と題して、遺族に対しては基本的に医療記録を開示するものとされています。

上記指針が作成されたのは平成14年10月でして、その後に言い渡された本判決の理論からすると、遺族(相続人)であるだけで開示を認めるのではなく、その者と開示を求める記録との関係を個別に検討すべき、ということになりそうです。
ですが、私見としては、医療現場における対応は、上記指針に沿って問題ないと考えています。

まず、現実的な観点から理由を述べます。
本判決のように、個別具体的な検討が必要であるとすると、現場での事務処理の負担が増えますし、担当者が判断を誤ってしまって開示すべき記録の開示を拒むと、大きなトラブルになりかねません。

次に、法的な観点から理由を述べます。
多くの場合、亡くなった患者の相続人が医療記録の開示を求めるのは、何らかの法的権利を行使するためであると思われます。
医療ミスの責任追及だけではなく、労災事故・交通事故における加害者への責任追及、遺言や養子縁組といった法律行為時点の判断能力の検討など、様々なケースが想定されます。

そうすると、相続人は、相続した権利内容の把握や権利行使のために医療記録の開示を求めていることが大半で、本判決を前提としても、開示を認めるべき場合が多いと考えられます。

上記指針の補足説明には、申立理由の記載を要求することが不適切であると説明されています。
理由の精査を求めると現場の負担が増えますし、記載を求めることで遺族の心情を害する恐れがあります。
前述のように、大半のケースでは開示を認めることが想定されていることも踏まえますと、上記指針のとおりで構いません。

遺族(相続人)から、亡くなった人の個人情報の開示請求を受けた場合、理論的には、遺族(相続人)と開示を求める情報との関係と個別に判断することになる。
医療現場においては、診療情報の提供に関する指針のとおりで問題ないと思われる。

※本記事で述べているのは、筆者の個人的見解です。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次