スマートフォンの普及とアプリの進化によって、口コミ投稿サイトを見ることが当たり前になりましたね。
初めて行く場所、慣れない場所などで、「お腹が空いたな。近くにご飯を食べられるお店がないかな?」と思って、地図アプリで探し、口コミ投稿サイトを確認した経験、誰しもあるのではないでしょうか。
気になるお店を見つけても、行ったことがないお店だと不安になりますから、他の人がどんな感想を抱いているのか見てみたい、というのが人間の心理だと思います。
病院・クリニックに通おうとしている患者も同じで、インターネット上の評価や口コミを見ながら、来院するかどうかを判断しているのです。
ある日、職員や知人から、「悪い口コミが書かれているよ」と教えられて、確認してみたらいわれのない悪評が載っていた、という経験をされた方は少なくないと感じています(私の耳にも悲しみの声が届いています。)。
日々、一生懸命に患者のことを想って医療行為をしているのに、悪い口コミを書かれてしまったらショックですよね。
「ここに書かれていることは嘘だ。こんな患者、来たことがない」
「これは誤解だ。検査のためにやむを得ないことだし、事前に説明もしたのに、どうして分かってくれないんだ」
今回ご紹介するのは、動物病院への口コミを削除できるのかが争われた、大阪地方裁判所堺支部・令和3年11月1日決定です。
事案の概要
X社は、動物病院を営む有限会社。
Y社は、ウェブサイトの運営者であり、同社が管理運営するウェブサイトには,検索した場所に紐づいて閲覧者が当該場所について意見や感想を書き込むことができる口コミが付されている。
同口コミは,インターネットを通じてだれでもこれを閲覧し,又はこれに書き込みをすることが可能。
氏名不詳の者により、ウェブサイト上に、次のような口コミが投稿された
投稿①
「●●●ドクターは動物をものだと思っています。愛情の欠片もなくわが家の◎◎を殴ろうとさえしました。」
⇒後に投稿者が「◎◎」の部分を削除
投稿②
「そしてすごく待たされます。会計に2時間は当たり前。薬の処方があるならまたそこから1時間プラス・・・。」
その他
「バカにしすぎです」 「先生のスキルはサイテー低すぎます」
裁判所の判断
口コミ投稿①②はX社の名誉権を侵害しているか(違法な口コミか)
口コミ投稿サイトの閲覧者は、個々の口コミを当該対象施設についての絶対的な評価として受け止めるのではなく,当該口コミに記載された事実の具体性や他の同様の内容の口コミの有無等に照らして。その信用性を判断するもの
⇒当該口コミの内容に具体性や合理性を示す記載が乏しい場合には、一般的な閲覧者は当該口コミを一個人の主観的評価として受け止めるに過ぎないというべきであるから、当該口コミによって対象施設の社会的評価が低下するとはいえない。
X社のように高度に専門的かつ独占的な知見に基づいて事業を行っている機関は、自らが一般公衆を対象にそのような事業を行っている以上、利用者の知る権利に資するため
⇒否定的な情報ないし評価を含む口コミであっても、その内容及び態様が社会的に相当な範囲内にとどまる限り、一定程度の社会的評価の低下については受忍すべきといわざるを得ない。
投稿①の獣医師の行為については、どのような状況下でのどのような行為なのかについて具体性を欠いている。
投稿②における診察ないし会計の待ち時間についても、当時の混雑具合や本件投稿者の診療の内容等が明らかではなく、本件投稿者の記載する待ち時間の相当性についての判断が困難である。
他の口コミはX社に肯定的な評価も多い。
X社が獣医療という高度に専門的で独占的な知見に基づく事業を行っており、内容が誹謗中傷にわたるようなものとまではいえないことを併せて勘案すれば、投稿①及び投稿②は、X社の受忍限度を超えてその社会的評価を低下させるものとまでは認められない。
解説
初めて本決定を読んだ際、2つの点に非常に驚きましたので、中心に解説していきます。
本件のポイント①
投稿内容に具体性や合理性を求めている点
本事例では、口コミ投稿サイト上の口コミについて、具体性や合理性のない口コミについては、これを見た一般人は、その口コミを絶対視するものではないと論じています。
裁判官の考えは「口コミなんていろんなものが混ざっているから、一つ一つに注目するはずがない」「抽象的な口コミを見ても、そんなものを真に受けるはずがない」というものと推測します。
ですが、本当にそうでしょうか。
例え抽象的な口コミであっても、内容によっては非常に気になる、というのが一般人の感覚ではないでしょうか。
特に本事例のように、大切な家族(ペット)に暴行を加えたかのような口コミがあったら、具体的な状況や経緯が書いてなくとも、「ここの獣医師は怖いな、通院は控えた方がいいかも」と感じてしまうのではないでしょうか。
本件のポイント②
高度に専門的で独占的な知見に基づく事業については、「受任限度を超える」社会的評価の低下が必要
通常は、誰かの名誉を毀損したというためには、社会的評価の低下があれば足りるはずです。
ですが、本決定では、高度に専門的かつ独占的な知見に基づいて、一般公衆に対して事業を行っている以上、利用者の知る権利に資するため、否定的な評価であってもある程度は受け入れなくてはならず、「受任限度を超える社会的評価の低下」が必要とされています。
裁判官の考えとしては、「高度に専門的で独占的な知見に基づく事業というのは一般公衆に分かりにくいのだから、一般公衆は口コミに頼る部分が多く、その知る権利に配慮しなくてはならない」ということなのかもしれません。
これについては逆の考えもありまして、ただでさえ、医療行為は高度に専門的であって説明が難しく、患者に正しく理解してもらえないことが多いのですから、誤解に基づく口コミは必然的に多く、その口コミを他の閲覧者の目に晒したままでは、誤った情報や評価が広まってしまうことになりかねません。
個人的には、一般公衆の知る権利に資するのであれば、正確な口コミが多く残っていた方が望ましいのであって、社会的評価の低下についてハードルを上げる必要はないと考えています。
その後の影響
本決定に対して批判的な専門家は私だけではなく、多くの厳しい意見が寄せられたようです。
しかし、本決定が世に出たことは事実でして、他の裁判官の目に触れて判断の参考にされますから、その後の同種の事件では、本決定に依拠したような厳しい判断が散見されたと聞いています。
一日も早く、病院やクリニックに対する厳しい考え方が是正されて、公正な決定が出るような流れになることを願っています。
病院・クリニックへの悪い口コミ投稿を削除してもらうためには、内容の具体性・合理性、誹謗中傷レベルの書き込みが裁判所から求められる可能性がある。