近年の物価高による経営の圧迫
近年(本記事作成時点)は、ガソリン価格の高騰による運送コストの増加、世界的なインフレ、為替等の影響により、物価高が加速しています。 この物価高が病院・クリニックの経営に与える悪影響は大きく、様々な方から苦しみの声が聞こえてきます。
病院・クリニックは物価高に弱い
その原因は、病院・クリニックにおける根本的な収支構造にあると考えます。
支出を見ると、株式会社などの営利企業と基本的に同じで、勤務医やスタッフへの給与、賃料や建物修繕費・固定資産税、ガーゼ等の費用、医療機器の購入費があります。
他方で、収入では、通常の営利企業は、商品を売る、サービスを提供する等して、その対価を得ていますが、その価格は企業側で決めています(一部の例外はありますが。)。
「企業努力で価格を維持しようとしましたが、やむなく値上げします」といった言葉をよく耳にするように、提供の価格は、経済的な状況に合わせて変えることができるのです。
ですが、病院・クリニックの収入は、自由診療メインの美容分野等を除いて、その大半は保険によるものです。 保険の点数によって収入が決まりますので、医療提供者側で対価を決めることができず、経済的な状況に合わせて値上げをするなどのタイムリーな対策を講じることができないのです。
給与削減は簡単にできない
経営が苦しくなってきて赤字経営が続き、断腸の想いで人件費の削減…給与カットに踏み切ったという話を耳にしますが、法律上、給与カットはそんなに簡単ではありません。
「病院(クリニック)が苦しいんだから、勤務医やスタッフの給与を下げるのは当然なのでは?」
医師、看護師、事務、誰であっても、人を雇うということは、法律上、その人と労働契約を結ぶこと、つまり「約束」をすることを意味します。
どういう約束かといえば、雇われた方は与えられた仕事をこなす、雇った側は対価として定められた給与を支払う、という内容です。
法律の話を抜きにしても、「約束は守らなければならない」ことは誰しも首肯するのではないでしょうか。
定められた給与を支払うことは、約束を守ることを意味しますから、給与を下げることは、約束を一部守れないという位置づけになるのです。
もちろん、約束した後に事情が変わってしまい、約束を守れないことはありうるので、法律上も条件を満たせば給与を下げることができます。
その条件が、皆様の感覚的なものよりもずっと厳しいのです。
「経営が苦しいこと」はその条件の一つですが、それだけでは足りないのです。 他の経費削減可能性を検討する等、いくつかの努力の末に、人件費に手を付けないといけません。
給与削減をする際の準備は万全に
とある公立病院の話ですが、公益的要素が特に強い公立病院は、基本的に赤字経営で、公費で補填しながら経営を続けているのが実情なのですが、それも限界に来ていました。
綿密な計画を立てて、時間を立てて給与構造の変更をしましたが、一部の職員の実質的な給与が減額する結果となってしまい、労働組合を通じての労使紛争に発展してしまいました。
残念ながら、弁護士の目線で見た倍、給与をカットできる法律上の条件を満たしているとは言い難い状況だったのです。
裁判手続に至った場合は病院の痛手になると見込まれましたので、話合いでの解決を目指し、最終的には公的機関の助力を得ながら、無事に紛争を終わらせられました。
経営の改善を図る際、数字(収支)上は問題がないプランであっても、法的なリスクを踏まえておかないと安全とはいえません。
一刻も早く経営を立て直したい、その気持ちは痛いほど伝わってきますが、法的な安全性についても検討されることをお勧めします。
就業規則を変更して全体の給与を削減するためには、経営が苦しいことだけではなく、経営陣の報酬を削減したり、より安価な消耗品に切り替えたりといった人件費以外の経費削減に努めること、職員に丁寧に説明し、理解を得ようとすること、といった対応が求められます。