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弁護士から医療機関へ連絡が来たらどうするか

医師の先生方と話す機会が増えたせいか、「弁護士から病院に連絡が来たんだけど、気を付けた方がいいことってある?」といった質問を受けることが多くなりました。
先生方は、「弁護士」という単語を見聞きすると、条件反射的に医療訴訟が思い浮かぶようで、何か責められるのではないかと、内心穏やかでなさそうなご様子です。
弁護士からすると、「大したことではないから大丈夫」と思われる場面でも、医師としては心配になるということが伝わってきます。

一方で、知り合いの弁護士から、「医師に協力を求めたんだけど塩対応されて困っている」という声を聴くこともあります。
よく話を聞いていると、「医療側からすると困るやり方で接しているなあ」と感じてしまう場面があります(かくいう私も、事案によってはそのような対応が避けられないことはあります。)。

全く畑違いの職業であるせいか、お互いに他方を理解できずに、溝が深まってしまうこともあるかもしれません。
しかも、意識して交流しようとしない限り、お互いの実情を知る機会はありませんから、相手を理解できないのは当然のことと言えます。

本記事は、弁護士と接することになった医師、医師と接することになった弁護士のため、両者の違いを個人的見解に基づいてご紹介します。
今まさに困っている方は、ご一読の上、心を落ち着けていただければと思います。

目次

①基本スタンス

医師

「目の前の患者のため」に行動します。


何らかの不快がある患者について、診察や検査を通じて理解を深め、不快を和らげる方法を模索して実践しています。

弁護士

「自分の依頼者のため」に行動します(最大の利益の追求)。

依頼者の望みを聞き、状況のヒアリングや資料の確認を通じてどのような法的権利を有しているのかを判断し、その権利を最大限に実現しようとしています。

分析

このように両者の基本スタンスを単純化してみると、意外にも、その根底が似ていることが分かりますね。
どちらも、「自分を頼ってくる誰かのため」に行動しているのです。

ですが、その職制が違うこともあって、表面…どのような行動をするのかは全く違っています。

②思考と行動

医師

初診時など、治療の初期段階では、原因(病気)が何であるのかを探ろうとします。

なぜなら、原因を改善ないし除去できれば患者の不快が和らげられるところ、原因によって治療方法が違うからです。

(医師にとっては当たり前のことかもしれませんが、症状は似ていても感染性疾患なら抗菌薬、免疫性疾患ならステロイド等が処方されます。)

診察によって直に患部を見る、患者や付き添いの家族等から主訴を聞き取る、レントゲンやエコー等の画像を撮影する、神経学的検査を実施する、血液や尿を採取する、といった様々な手法を用いて、病気を絞り込んでいきます。

病気の特定、絞り込みがある程度できてきた頃に、患者の容態、家族の病歴、既往症、アレルギーの有無等を見ながら、治療方針を立てていきます。

治療はすぐに終わらないことも多く、引き続き、主訴を聞き取る、検査を実施する等しながら経過観察していきます。

検査結果等を確認しながら、症状の改善があるか(絞り込んだ病気が間違いないか、治療方針が適正か)、他の病気がないかを判断していくことになります。

弁護士が目にする医療記録というのは、これらの過程で作成されたものなのです。

弁護士

初期段階は、法律相談で相談者の話を聞きながら、どのような権利を有している可能性があるのか、その権利を現実的に行使できる可能性はどの程度見込めるのかを分析します。

これは「事実」から判断するほかなく、その事実は、書面や写真といった客観的な資料を中心にして抽出していきます。

よく、資料は残っていないけれど「私が覚えている」「〇〇さんが証言してくれる」と言われますが、人の記憶は曖昧ですし(誰しもそうです)、表現力には個人差があります。

人の証言だけを頼りにはしにくいため、事実が記録された資料を重要視しています。

例えば傷害を負ったケースでは、どの部位にどのような変化が生じたのか、それによってどのような不都合(可動域制限等)が起こっているのかを、医療記録を手掛かりにして把握していきます。

法律上の権利を行使するためには、いくつかの事実(要件)が必要とされています(まるで数学の公式のような、一定の型があるのです。)。

要件となる事実を意識しながら、医療記録などの資料から事実を抽出して、依頼者の法律上の権利がどの程度行使できるのかを判断していきます。

いずれ裁判に発展した場合、どちらの味方でもない裁判官に対して、要件となる事実を「証明」しなくてはなりませんので、記録を読めば中立な裁判官にも納得してもらえるのかどうか、という視点も持っています。

分析

たまに医師の先生に上記のような説明をすると「自分が普段行っている医療を分析的に考えたことがなかったので面白い話だ」と言われます。

私も、普段弁護士として行っていることを分析してみると面白いと感じました。

そして、それぞれの行動を単純化・可視化(異論はあるかもしれませんが)してみると、行動に本質的な違いがあると見えてきました。

完全な私見で表現しますと、医師は“得られた情報から仮説を立て、その仮説が正しいのかを検証していく”という思考で行動しているのです

言わば「未来をどうするか」という視点で物事を見ています。

同じく完全な私見で表現しますと、弁護士は、まるで“固い過去の事実(ピース)を集めてジグソーパズルを作っていく”ような思考で行動しているのです

言わば「過去に起きた出来事をどう評価するか」という視点で物事を見ています。

③医師の方々へのメッセージ

弁護士が患者、家族(遺族)の代理人として、医療照会、医療記録の開示を求める理由は様々です。

先生方が最も嫌がる、医療ミスの責任追及を理由とする場合はありますが、それだけではありません。

交通事故で怪我をした人が、賠償金を請求するための根拠を求めている場合もあります。

養子縁組後に亡くなった人の子どもが、その当時に養子縁組の意味を理解できるだけの能力があったのか、確認したい場合もあります。

弁護士は常に、事実がどうなっているのか、を知りたがっています。
先生方からすると、「治療に関係ないことだ」と感じるような事実を重要視していることは少なくありません。
他人の紛争に巻き込まれる(少なくともそういう感覚になる)のは避けたい、先生方にはそんな気持ちがあるのが本音かもしれません。

職業が違う以上、完全に分かり合えないことは、理解しています。
(同じ職業ですら、分かり合えるとは限らないわけですから)

覚えていただきたいのは、弁護士が誰かの代理人として、医療機関にアプローチしてくるのは、必ず、「誰かのため」であることです。 それは、先生方が、「患者や家族のため」に頑張っていらっしゃることと、根底は同じなのです。

④弁護士の方々へのメッセージ

よほど分野を限定していない限り、弁護士業務は医療機関との関わりを避けて通れません。

医療関係者へアプローチする時は、相手が違う世界観で行動している方々であることを、十分に意識した方がよいでしょう。
過去の私もそうでしたが、弁護士側の都合を押し付けてしまうと軋轢を生じる可能性が上がり、最悪の場合、必要な情報を取得できない、取得するのに時間を要することになります(それは依頼者のためになるでしょうか?)。

例えば、交通事故の被害者から依頼を受けて、医師に対して照会をかける、面談をする時に「後遺障害等級は何級でしょうか」と質問をする弁護士をよく耳にします。

もちろん、後遺障害等級に精通している医師もいますが(労災手続に慣れているなど)、大多数の医師は後遺障害等級を知りません。
なぜなら、治療に必要不可欠な知識ではないからです。後遺障害等級が何級なのかで、治療方針が決まることは皆無です。
医師はただでさえ、やること覚えることが山積みですから、必要のないことを覚えようとはしないでしょう。
また、後遺障害というのは、治療しても完治しなかった残存障害を評価する概念ですが、医師の目指すところは完治なのですから、本来的には相いれない概念です。

他の例として、遺言能力(他には養子縁組など)を分析するために「遺言を理解する判断能力がありましたか」と質問をする弁護士がいる、ということも耳にします。
確かに、成年後見開始等の申立てに用いられる診断書の様式には、契約の意味や内容を理解できるか、という項目がありまして、医師は常に判断能力の程度を分析していると解釈するかもしれません。
ですが、医師が患者の判断能力を確認するのは、どういった治療が必要なのか、治療の効果が出ているかといった、治療方針を決めるためです。
特定の法律行為が理解できるかどうかを確認しているわけではないのです。

そもそも、(例えば)遺言能力というのは法律的な概念であり、大半の医師はどういう意味なのか知りません。「そういう能力があるかを判断するのは法律家の役目でしょう」と口にする医師も少なくありません。 医師には医師の考え方や都合がありますので、それを意識して医療照会などをするのがよい

最後に

以上、個人的な経験や考えをもとに、医師と弁護士の違いをまとめてみました。

もちろん、全ての医師や弁護士に、全てのケースに当てはまるわけではありませんが、多くのケースで当てはまるのではないか、と思われます。 本記事が、両者の理解を深め、良好な関係を築く一助になりましたら幸いです。

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