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問題のある従業員を降格・減給させられるか

それなりの役職にありながら、ハラスメントをする、同僚を誹謗中傷する、何度指導しても成績が悪い…そんな従業員を目の当たりにすると、「降格させたい」と考えるのが、雇用主の本心でしょう。

それだけではなく、他の従業員からすると、「何であんな人が、あの役職にいるんだろう」「どうしてあんな人が高い給与をもらっているんだろう」という想いに繋がり、モチベーション維持のためにも、降格を検討することは大切です。

他方で、降格をすると基本給が下がる、役職手当額が下がると言った結果になることが大半で、降格と給与減額は密接な関係にあります。

給与は従業員の生活を支えるもので、「このぐらいもらえるはずだ」という予想で生活設計をしているでしょうから、降格によって給与の減額になるのであれば、とても影響が大きいと言えます。

降格させて給与も減額となる場合、法律上は、雇用主が自由に降格できるとは限らず、降格させることに一定のハードルが課されています

今回ご紹介するのは、上司への人格非難や誹謗中傷などの問題行動、業務の質が低い従業員を降格させ、大幅な給与減額としたことの有効性が争われた、東京地方裁判所・平成30年10月18日判決です。

目次

事案の概要

Xは、平成22年2月にY法人に採用された従業員で、主に上場企業等の財務書類の証明に関するシステム監査業務を担当していた。

当時のXの資格等級は「スタッフ」であり、月額給与の合計額は39万6500円(職能給25万円、職種給2万円、首都圏手当3万4000円、調整加給・評価給9万2500円)であった。

Y法人は、財務書類の監査又は証明をすること等を業とする有限責任監査法人。

Y法人における職務上の資格等級は、上級のものからシニアマネジャー、マネジャー、シニアスタッフ、スタッフ、ジュニアスタッフの5つに区分されていた。
そして、職能評価を上位からAからEまでの5段階評価で行っており、職能評価が所定の基準に該当する場合は、降格検討対象者となるものとされていた。
例えば、スタッフが最低評価であるE評価となった場合にはジュニアスタッフへの降格検討対象者となるとされていた。

Y法人の給与規定では、月例給与は基本給とその他(手当)に区分され、前者は、職能給、職種給、役職給、評価給、勤続給、調整給の6種、後者は、首都圏手当、時間外勤務手当、深夜勤務手当、休日出勤手当、通勤手当、業務手当、初任給調整手当、調整手当の8種の手当がある。
このうち、「職能給」は、等級制度上の職能の高さを基準として支払われる給与をいい、「職能給表」により決められていた。
また、「職種給又は役職給」は、業務の特性上、遂行する役割や責任の大きさに対して支払われる給与をいい、「職種・役職給表」により決められていた。

平成24年頃、取引先甲社の財務諸表の監査業務を、従業員数名がチームを組んで遂行しており、Xはチームメンバーの一人として実作業に当たっていた。
上長として、C、D。E及びFがいた。

甲社の改善策についてチームで検討したところ、X以外のメンバーは意見の一致が見られたが、Xは反対意見を述べていた。
その後、チーム内でメールでのやり取りがなされたが、Xは上長に対して、次の内容を含むメールを送信していた。

「Eさんはなかなかの大した荒くれ者で、私ではもう手には負えません。」

「業務監査を経て、内部監査の対象範囲すら把握できていない会計監査主任というのは、いったい何者でしょうか?」

Fが、今後予定されている甲社との意見交換会に向けて、Xが保管している説明資料の提供を求めたところ、Xは次のようなメールを送信して拒否した。

「F社員の場合は、おそらく監査の知識が不足しているのでなく、業務プロセス分析のスキルがないため、統制と作業との区別がつ(か)ないと見受けられます。よって、監査マニュアルを読み込んでも、求められるスキルは学べません。」

続けて、XはF宛に、3日間続けて、【F社員トレーニング】と称するメールを1日1通ずつ送信した

平成26年2月、Y法人は、Xが上位者に対する誹謗中傷、暴言や業務命令違反等といった職場秩序を乱す行為を繰り返したことから、通常のシステム監査業務への関与が難しいと判断し、乙社をクライアントとするモニタリング業務の中で、対内、対外コミュニケーションの難易度の低い議事録作成やスケジュール調整等の業務をXに担当させることとした。

Xは命じられた議事録作成を行ったが、内容の誤り、重要事項の欠落、意見の偏りが見られ、上位者から見て出来の悪い議事録であった。

その後の人事評価において、Xは最低評価であるEとなり、スタッフからジュニアスタッフへの降格となった。

降格後のXの月例給与は合計額27万6000円(職能給20万円、職種給8000円、首都圏手当3万2000円、調整加給・評価給3万6000円)となった。

裁判所の判断

Xを降格させ、給与減額をしたことは有効か(そのための法的な要件は何か)

使用者は、雇用契約に基づき、労働者の人事評価一般について裁量権を有すると解される。

Y法人において、Xに対する人事評価について、評価の対象となる事実の基礎を欠き、又は事実の評価が著しく合理性を欠く場合や、不当な動機、目的に基づいて評価をしたなどの裁量権の逸脱、濫用がない限り、当該人事評価及びそれに基づいてされた降格、降給は有効であると解される。

・Xは、甲社の監査業務において、チームの上位者であるEやFと意見が合わず、上位者であるEやFの人格を非難し、誹謗中傷する内容のメールを連続して送信した。

・Xの業務遂行における行動や態度、とりわけ、上位者を誹謗中傷し、侮辱を伴う人格非難を繰り返したことは、専門家として以前に、社会人として明らかに常識を欠いた態度であると評価せざるを得ない。

・乙社の業務において作成した議事録も、大幅な修正を余儀なくされる内容であった。

・人事評価を最低評価としたことに、合理性を欠くなどの事情があるとはいえず、不当な動機、目的による著しく合理性を欠く人事評価ということはできない。不当な動機、目的に基づくことを基礎付ける事実を認めるに足りる証拠もないから、Y法人に裁量権の逸脱、濫用があったということはできない。

Xの降格と給与減額は有効である

解説

裁判所の判断のポイント

一般論として、従業員を雇用する側である企業には、人事について広い裁量が与えられています
従業員の役職をどうするか、人員をどのように配置するか等のほか、本件のように人事評価や人事考課をどうするのかについて、企業は状況に応じて柔軟に判断することが認められています。
事業を運営している以上、当然に認められる権利といえます。

人事評価が低い評価となり、その評価に基づいて降格され、降格に伴って給与減額という結果になることは、企業の裁量権行使の結果としてありうることです。

ですが、いかに裁量権があるとしても、それは無制限ではなく、本判決が論じるように、逸脱・濫用があれば、それは無効となります。

本判決は明言していませんが、裁量権行使の結果、従業員の給与が減額される場合、裁判所は裁量権の逸脱・濫用がないかの判断を厳しく見る傾向があります(従業員にとって生活給の減少は影響が大きいため。)。

本事案では、Xは、業務を巡って上司と不仲になり、上司の人格を非難し、誹謗中傷するメールを多数送信していたことや、作成した議事録に不備が多かったことを踏まえると、ジュニアスタッフに降格させたことは、誰も疑問に思わないでしょう。

問題は、降格の結果として、月例給与39万6500円⇒27万6000円という、3割近い減額が許されるのか、という点です。

まず大前提として、就業規則に、このような減額がありうることが定められていることが必要です。
就業規則は雇用契約の内容になりますし(周知等の条件はありますが)、裁量権の範囲内かどうか判断する際の指標にもなります。


Y法人の就業規則上、直近の職能評価が最低評価Eであった場合、スタッフからジュニアスタッフへの降格がありうることは明記されていました。
また、Y法人の給与規定上、職能給、職種給については賃金テーブルが明確になっており、どの程度の給与減額がありうるのか、従業員にとって分かるようになっていました。

こういったY法人の就業規則の枠組みを超えるものであったのかが、本判決では判断されています。
上述のようなXの業務態度や仕事の成果を見れば、人事評価が最低評価となることは止むを得ないところです。
そして、人事制度の仕組み上、最低評価を受けると降格がありえて、降格すると給与減額となることが明確になっていますので、その枠組みどおりにY法人は対応していただけであると言えます。

価値判断としても、Xの問題行動を見れば、大幅な給与減額は仕方がないと言えます。
人事制度の仕組みが明確であることは、裏を返せば、態度を改めれば昇格して、元の給与水準に戻ることができることを意味しますから、Xへのひどい仕打ちとは言い切れません。
本判決における裁判所の判断は、極めて妥当であるといえます。

現実のトラブルで意識すべきこと

ところで、現実のトラブルに関わると、本判決のようにはいかない(と予想される)ことが多くあります。

本事案では、Xが上司に送ったメールや議事録、議事録への上司の評価といった、Xの勤務態度、仕事内容が分かる明確な「証拠」が残っていた点が特徴的です。
証拠が残っていれば、後に裁判に発展したとしても、従業員のどこがどのように問題なのか、裁判官にとって分かりやすいからです。

ところが、現実のトラブルでは、そうもいきません。
例えば、従業員の問題行動が、「同僚への接し方が悪い」というものであったとして、メールで行われているなら良いですが、口頭で行われている場合には、人の記憶にしか残りません(撮影していることはないでしょうから…)。
その状態で裁判に発展してしまうと、雇用主は「言った」、従業員は「言ってない」と主張し合い、水掛け論になってしまいます。

形式的な主張立証責任は別として、現実の裁判では、雇用主側で従業員の問題点を立証していきますから、水掛け論では不安定です。

せめて、従業員への指導面接を行い、問題点(の一部でもいいので)を本人に認めてもらい、証拠を残すようにしましょう。 この指導面接は、給与減額のプロセスが適切であったことの裏付けにもなりますので、必ず実施するようにしてください。

従業員の降格・減給には、明確な就業規則の定めが必要。そして、就業規則に照らして、降格させられるだけの事情があることが求められる。
この事情は雇用主側で証明することになるので、証拠を残しておくことが重要。

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